同じことの繰返し3 No.85
男女の問題
講評会から、僕は「ふざけんな!」と怒鳴り、アトリエ(教室)を出ていく。
この直後、僕は自宅に帰るか講評会に戻るかで悩んでいて、アトリエ(教室)の扉を出たすぐの所にいた。
この時の僕にとっては、絵を学ぶことは何よりも大事なことだった。
誰かとの人間関係や、自分の腹立たしい気持ちやまわりからバカにした見られ方をされるよりも、自分が何かを学べるなら我慢して学ぶ方を選ぶ考えでいた。
僕が怒ってこの講評会から出てくる時、教員や同級生達は僕をバカにして笑い合っていた。
だから、ここで僕が講評会に戻ると、また惨めな思いをするのはわかっている。
それでも、同級生達がどんな絵を描き、教員達がどんな言葉をかけているかを見るだけでも、感じ取れることは多くあり、講評会にはそういう要素もある。
ただこの時の僕は、あまりに腹立たしく思っていたので、恥を忍んで講評会に戻った後のまわりの反応に、我慢できるとは思えなかった。
怒りを沈めて講評会に戻った方が良いだろうかと思いつつ、戻った後にはまた怒ることとなり、やはり堪えられないのではないだろうか…
そういう迷いのなか、まずは怒りを抑えようと自分に言い聞かせていた。
ここから、少し女性の問題を絡めた話となるけれど。
男女の問題が絡んだ話なので、ブログの手直しをする度に、女性の話を書いたり消したりしていて、記述に関しては曖昧にしてしまっていることである。
でも、同級生の男子生徒達が悪意を持って動いてしまう根底には、男女の問題での嫉妬が大きく絡んでもいる。
僕は、決断や考えることよりも先に、まずはこの怒りを抑えることが大事だと自分に言い聞かせていたとき。
この時の女性も、講評会を行っている最中のアトリエ(教室)から出てきて、黙って僕の傍にきていた。
この大学には2年と数ヶ月も在籍していて、僕とこの女性とは、何気ない言葉を数回交わした程度の会話しかしていない。
美術大学へ入学してきた最初の月から、同級生の元気な男子達は、女子生徒に遊びに行こうと積極的に誘う。
その度に『高木だけは絶対に誘わない』『高木だけは、俺達の仲間内には入れない』と公言する。
それでも何人かの女子生徒は、同級生達で遊びに行くという流れになる度、僕も誘おうと直接話しかけてくる。
僕を毛嫌いしている者達が中心となった集まりであるから、僕は断って参加しない。
同時に、集まりの中心となっている者達は、僕を誘おうとした女子生徒達に『あんな奴は相手にしない方がいい』と語り聞かせる。
僕のことが話題になる程、僕を遠ざけたり、惨めな思いをさせようと、ちょっかいを出してくる。
そういうやり取りの結果とし、僕は彼・彼女等と関わるのを面倒臭いと思うし、この集まりのなかにいる女子生徒は、僕と関わりたいと思いながらも関係は離れていく。
僕はみんなと遊ぶより、絵に打ち込みたい気持ちも強かった。
こういう流れを積極性を持って作ってしまう流れや生徒達がいて、そこへついていけない生徒達の一部が、僕との僅かな交流を持った者達だった。
3年生になってはじめての講評会で、僕は怒りを抑えようとアトリエを出ていき、その後で僕の傍へ来た女性は、その流れのなかで僕との関わりを持てなかった存在だった。
日本画の同級生や他の科の友人等に、この女性は僕のことを異性として好きだと語り続けていた。
この女性に限って言えば、彫刻科の生徒を通してそういう話を聞いていたし、他の女性に関しても日本画の生徒内で同じ様なことを語る女性は何人かいた。
そのことに嫉妬している男子生徒達は『高木には近づいちゃダメだ』とか『話しかけたらぶっ飛ばされるよ』といった話を語りながら、必死になって女子生徒達を僕に近付けないようにしていた。
そういう状況を、同級生達は一年生の頃からずっと不振に見ているから、そういう男子生徒達を、女子生徒達は恋愛対象とは見ない。
しかし、課題(日本画)の描き方を教えるという行為や、教員達の伝達事や、多くの面倒なことを、何人かの男子生徒が請け負い、その者達の便利さに頼ることで授業や人間関係は成り立っている。
そこに頼らず、自分で考えて判断することに務めた僕は、教員達からも調和を乱すものとして爪弾きとされる。
この前提があるなかで、僕を慰めようと傍にきたこの女性と僕が接することは、この女性を不幸にしていく未来しか考えられなかった。
この女性は、絵に関しても力のない人物で、TaやS(男子生徒)に頼らなければ上手くやっていけない状況にもあった。
僕の絵を見ながら『私もこういう絵を描きたい。どうやったらこういう絵を描けるようになるんだろう。』等と、わざと僕に聞こえるように話す場面は過去に何度かあって、僕なりの絵を彼女等に教えようか迷ったこともあった。
でも、僕の絵は入学当初から、教員や同級生達の批判の的になっている。
日本画と洋画の基礎への認識の違いが大きく、僕は誰よりも程度の低い者として、みんなにそう認識された。
授業内で、教員達から『何でそんなことやっているんだ!』等と怒鳴り叫ばれる様にもなった。
そういった誤解を解こうと頑張った時期もあったが、状況は悪化しかしていかなかった。
僕は、僕の絵の何が悪いのかを繰り返し聞いていったが、3年生のこの頃になっても、その返答は濁され続けている。
S先生は『もう俺達の話しなんか聞かなくていい。知ろうとしなくてもいい。好き勝手にやればいい。』と言うばかりで、内容は語らないではぐらかすことに必死でいる。
A先生(女子)は『高木君の考えていることは、何もかも全てが間違っている。力がないから、会話をしても話しにならない。』と強く決めつけ、会話をしても、必ずそういう内容に持っていく。
S先生とA先生(女子)とが僕へとる姿勢は、高木はやってはいけない絵の描きかたをやっていて、もう話はしないし、耳も傾けないし、誰も近寄らせない、相手にしないという姿勢で押し通している。
A先生(男子)や他の教員達に関しては、S先生とA先生(女子)の語る話を信じ、同級生達の悪意の隠った噂を信じている。
だから、僕が課題についての質問を持ちかけても、無条件に僕を避けて逃げることしかしない。
僕はこういう存在であるから、僕の絵を見て『描きかたを教えてほしい』と言われても、後先を考えると、何かを教えることは出来ないと考える。
この女性に限らないのだが、まわりの男子生徒達からも『高木なんかより、To君と仲良くした方がいい』等と言われて、仲良くする対象をまわりに促されている。
その事で、逆に生徒間の疑いは増し、僕の存在を意識する者が何人もいる。
ここで僕のことを思って傍に来たこの女性には、僕も未練がましく言葉をかけたい気持ちはあるし、教員や同級生達との誤解が解けた先に、友人となったり、同じ絵を志す者として交流を持つ夢なんかも見ていた時期はあった。
でも、こういう状況のまま時間が経過してきたこの時、僕と彼女が何等かのやり取りをしたなどと、まわりに見せるべきではないだろう。
彼女のこれからの学生生活を考えると、思わせ振りな言葉もかけるべきではない。
教員達の認識は、生徒全員が僕の存在に怯え、避けたり逃げたりしている、というものかもしれない。
でも実際には、生徒のなかでも教員達の都合のよい様に便利に動く、一部の生徒の都合に合わせた理屈がこういうものである。
そして、教員達の都合のよい様に便利に動く教員と、その一部の生徒との都合が合致していることで、教員全体へこういう理屈が通って認識となっている。
その認識は、自分等の頭や肌で考えたり感じ取ったものでなければ、事実を確認しようとした過程もなく、ただ誰かから又聞きしただけのものだ。
こういう考えや事柄なんかをもっと細かく説明していくと、結構な文章量になるし、それを書き綴ろうとする時間もそれなりにかかる。
でも、この場でこれ等のことを頭で考える時間というのは、よくて数秒程度のものだ。
僕は、怒りを抑えて講評会へ戻ろうか迷っていたが、彼女が僕の傍に来たのを見て、講評会へ戻ることは諦めた。
帰宅
それからずっと苛々しながら、大学から家へと帰っていった。
幾ら自分の反省するべきことを考えようとしても、大学の教員や同級生達の理不尽な言動ばかり頭を過る。
僕は、誰よりも教員達の言葉に耳を傾けてきたし、そのことを深く理解しようと、繰返し質問もしてきた。
絵に費やしてきた労力等でも、僕の上を行っている人物などはいないと考えている。
それでいて、何で僕はこんな状況に追い込まれてしまうのだろう。
僕は、この大学に来たこと自体が失敗だったとしか考えられない。
いつも苛々してばかりで、いつかは堪えきれず、誰かをあやめてしてしまうかもしれない。
だから、この怒りを抑えなくてはと、歯を食い縛り、既に腫れて皮膚の裂けている拳を、繰返しコンクリートの壁等に叩き付けたりもしてきた。
これ迄は、そんな事をした痛みで自分の怒りを誤魔化してきた。
しかし、この場面ではその程度のことで怒りは収まらない。
僕は自分自身へ、『冷静になれ』と何度も言い聞かせながら自宅へ帰っていった。
今直ぐに退学することが、自分にとっては一番よい選択だ。
それが判っているのに、母のことを考えると、そう出来ずにいる。
いつも胃はキリキリと痛み、夢のなかでは何度も繰り返し自分や母はしんでいく。
僕がこの美術大学を退学してしまえば、母や僕の死は夢ではなくなる可能性も高い。
こんな風に苦しみ悩んでいる僕を、同級生達はいつも笑い面白がっている。
…いやいや、考え直せ。
たぶん、今の自分は冷静な考え方などしていなくて、狂った価値基準で物事を考えているのだろう。
今の僕は何をどう考え、どうすべきなのだろうか…
…暗く考えるのはいつもの事だが、今回ばかりは、考え直すことも無いのではないか?
自宅の建物に近付くと、子猫が僕を見付け、駆け寄ってくる。
この頃に仲良くなった野良の子猫で、名前を『割田さん』と呼び、よく食べ物をあげていた。
急いで駆け寄って来る割田さんは、減速できずに一度僕の横を走り過ぎていく。
そして、走り過ぎてから僕のもとへ振り返って戻り、足へすり寄って来る。
子猫らしい仕草のひとつひとつが、とても可愛らしい。
割田さんにご飯をあげ、抱っこしたり、少し遊んだりした。
ずっと、心には大学でのことが引っ掛かっている。
それでも割田さんと接していると、それまでの怒りは収まっていく。
割田さんと接したことで十分な気分転換が出来、もう1度K先生(男子)と話をしようと考えた。
教授と生徒という立場の違いはあるけれど。
絵に対して真剣に取り組んでいる者どうしなのだから、何度でも絵について話をすれば、誰かから聞いた噂による誤解なんか解けるのではないか。
誤解は解けなくても、どこかで前向きな話は出来るのではないか。
そう信じて、僕は再び大学へ戻っていく。
再度の会話
僕は大学の研究室に行き、K先生(男子)を見付けて話しかける。
「講評会でのやり取りが納得いかないので、もう一度話をしてくれませんか。
K先生(男子)は何も知らないと言ってましたが、やっぱり何か知ってますよね?
僕の主張に間違いがあると納得出来たときには、僕は幾らでも謝ります。
でも、間違っているのは先生達の指導だと思っています。」
もう関係の修復は手遅れだと思いながらも、それでも前向きな話をしようと、僕なりに丁寧な言葉を心がけていた。
K先生(男子)は僕に対して声を荒気ながら、こう言ってくる。
「お前は神聖な講評会を侮辱していた。
あんな行動をとるなら、さっさとこの学校を辞めて、どこへでも好きな所へ行ってしまえ!」
僕
「侮辱なんかしていませんよ。
僕は絵に対して、一生懸命取り組んでいるから、結果としてあんな発言になりました。
そもそもは、先生達のこれまでの指導におかしなものがあります。
そのことについて、S先生はあの講評会の場で必ず語ると約束をしました。
その約束を破られ、何も知らないけど高木が悪いと決めつけられたことに、僕は納得できません。
だから、改めてきちんとした話し合いがしたいです。」
K先生(男子)
「いいや、講評会でのお前の行動はそうではなった。
お前は最初から、絵を見せる気なんか無いと言って講評会を侮辱していた。
それに対してこっちは、そんなこと言わないで見せてくれと何度もお願いしていたんだ。
それでようやく見せてくれたと思ったら、訳のわからんことを言って叫びながら出ていったんだろ。」
僕
「それは違います。
自分の都合のいい様に話を作り替えないでください。
何でこういう状況になったのか、前向きな会話をしてくれませんか。」
K先生(男子)
「いいや、お前(高木)と話しなんかするつもりはない。
そもそも、(裸婦の課題の時で)みんなが真面目に一生懸命絵を描いてる最中に、突然叫んで暴れだす様な奴に、何かを話したり教えたりすることは出来ない!」
僕
「その話も事実は違います。
あの場にK先生(男子)はいなくて、それは誰かから聞いただけの話じゃないです。
それに対して、僕は違うと言っているのに、何でそのことを事実として話を進めてしまうのですか?
この話も講評会の話もおかしいじゃないですか!」
K先生(男子)
「いいや、お前はあの時暴れだして、まわりの生徒が必死に止めたんだ!
あの時は、何人もの生徒が研究室に来て、高木がキレて暴れているから助けてくださいと言いに来ていたんだ。
お前みたいな悪い奴はいらないから、さっさとこの学校を辞めろ!」
僕
「だから、それは事実は違うと何度も言っているじゃないですか!
聞いただけの話で決めつけないでください!」
K先生(男子)
「いいや、あの時は俺達から高木に対して事情を聞いたが、お前は今回みたいに俺達を侮辱するばかりで何も答えなかった。
お前みたいな頭がおかしくて悪い奴の話しなんか聞かない!」
気付くと、怒鳴り返さないつもりだった僕は、K先生(男子)と怒鳴り合いをしてた。
そして、この怒鳴り合いのやりとりに、A先生(女子)は駆けつけてきて、K先生(男子)に荷担する。
A先生(女子)
「高木君の言っていることは、何もかも全て勘違いです!
モデルさんのいる場面で高木君が暴れたことも、全部高木君が悪いということで話は終わったでしょ!
いつまでも終わったことを言って、性格がしつこい!」
K先生(男子)
「ほら、だから全部お前(高木)が悪いんだ!」
A先生(女子)
「高木君の暴力的な性格のせいで、いつもみんなが怯えて授業に集中出来ないで状況で困っているんだよ!」
僕「だから、それは事実とは違います。
嘘をついている生徒の話に、あなた(教員)達が自分の都合と被せて語っているだけで…」
A先生(女子)
「嘘をつく人なんか、この大学にはあなた以外に居ません!」
K先生(男子)
「俺は長いこと教員をしてきたけれど、お前みたいに問題を起こす人は、今まで一人として居なかった。
この大学の教員も生徒も、みんな信頼できる素晴らしい人間ばかりだけど、お前だけは信用できない!
そんなに俺達のことが気に入らないなら、ここに来るな!
お前のことなんかいらん!
俺達の前に、姿を見せるな!」
K先生(男子)
「少しでも人しての心があるなら、真面目に一生懸命努力している生徒の為に、もう俺達の授業には出てくるな!」
僕が発言しようとしても、K先生(男子)とA先生(女子)とで怒鳴りつけて黙らせようとする。
僕も冷静さを失って、早い段階からK先生(男子)に怒鳴り返していた。
最初は、前向きな話をしようとK先生(男子)に話しかけたつもりだったが、K先生(男子)が怒鳴っている時点から会話など諦めるべきだった。
それを、話せばわかると信じて強行した結果がこれだ。
この場面で、これ以上の会話をしても無駄だと考え、僕は会話を諦めて帰る。
S先生やA先生(女子)ばかりではなく、K先生(男子)も僕に大学を辞めさせようとする強い意思を持っていると感じた。
しかし、大学を辞める・辞めないの件で、母がよく『一緒にシのう』と僕によく語ってしまう状況を考えると、僕は図々しく大学に居座ることしか選択できなかった。
冷静になって考えれば、こんな教員達の立場を潰して追い込むような手段など、幾らでも考えはつく。
それでも僕は冷静ではなかったし、僕はモラルを持って彼等(教員や同級生達)と接し、いつかはわかり合える日が来ることを、この時も信じていた。
殆どの教員達とは手遅れでも、殆ど会話のしていないK先生(男子)とA先生(男子)くらいは、その可能性があると信じたかった。
誤解が解けたなら、卒業までの僅かな期間でも、絵についての話がしたいと願っていた。
こう考える全てが、僕のお人好しであり、そのことで自滅していくばかりなのだ。
後日、課題の提出の為に研究室(日本画の職員室)へ行く。
そこではS先生から、一方的に怒鳴り散らされる。
講評会の場で、何の理由もなく、僕がK先生(男子)に対して一方的な暴言を吐きかけ、K先生(男子)が怒っている、という話が教員間で語られていた。
僕はそうではなく、その講評会ではS先生との約束があって、それはどうなっているかを求め、そこからおかしな方向に向かったことを語る。
S先生は僕の言葉を遮り、怒鳴られる。
『約束なんか関係ない。
高木は誰に対しても暴言を吐きかけて授業をメチャクチャにする奴だ。
これからは高木の相手なんかしないから、勝手に一人で困っていろ。』
S先生が怒鳴り散らした直後、A先生(男子)もやってきて、こう伝えてくる。
『俺達が何かを喋ったら、君は直ぐに暴言を返してくる。
そういうことばかりしているから、俺も君を避けてきたんだ。
これからは君の相手はしないから、もう俺に話しかけてくるな。』
この後から学年末まで、僕はこの教員達から全く相手にされなくなる。
課題のサイズが大きくなる関係で、アトリエ(教室)の引越をするのだが、僕が課題を制作する為のスペースは与えられない。
引越をした先の教室さえも教えて貰えず、同級生達がどこの教室に居るかさえ知らず、聞いても『お前はそんなこと知らなくていい』と返されるだけ。
その流れから、これ以降は同級生と顔を合わせる場面も、卒業まで失う。