日本画制作の為の裸婦デッサン8 No.64
翌日の動向
モデルさんの件で、トラブルのあった日の翌日。
午前中の授業では、特に何もなかった。
僕に気付かれないように、ヒソヒソと話しているのはあるが、そういうものまでもをどうこう言うつもりはない。
この何もないとこと自体は当たりことなのだが、この当たり前の状況は、1年次に入学して数ヶ月経過した辺りからずっとなかったことで、それが逆に違和感を感じていた。
それでもこれからの僕は、絵を学ぶことに集中できるのだろう。
そんなふうに考えながら、また何かが起こるような嫌な予感もしていた。
S先生との噛み合わない会話
その日の午後。
裸婦の着色写生の時間が始まる少し前、S先生から廊下に連れ出され、話をする事になる。
その話の内容も、前日のやり取りに関するもの。
問題の日、たまたまS先生は大学には居なくて、他の教員たちや生徒たちからも一通りの話を聞き、その上で僕側の話も聞きに来たと言っている。
S先生
「昨日は爆発しちゃったんだって?」
僕はS先生のこの発言からイライラし始める。
「爆発しちゃったってどういう意味ですか?
僕側は同級生達に注意しただけです。」
S先生
「俺は、高木が突然爆発しちゃったと、皆から聞いたぞ」
僕
「僕は、突然爆発しちゃったと言わる様な事はしていません。
具体的に、僕が何をやったと聞いたのですか?
それを言っているのは誰ですか?」
S先生
「今朝教室に行ったらToとSとTaが3人で固まって話していたから、あいつらから聞いた。
同じことを、他の先生達も言っている。
モデルさんがポーズしている最中で、みんなが真面目に一生懸命絵を描いてるときに、高木は突然、他人の画材や絵や椅子などを蹴り飛ばす等をして暴れたんだろ?
それを見て、S(同級生・男子)やTaが必死になって止めたら、意味不明なことを言って叫び始めたと聞いた。」
僕
「それは事実とは違います。僕はそんなことしません。」
S先生
「いいや、俺は高木が突然暴れだしたと聞いた。」
僕
「だから、それは事実とは違います。
あの場面で、誰かの画材も椅子も蹴っていません。
最終的には、怒鳴って叫んでいるToの胸ぐらを掴んで怒鳴り返したことはありました。
でも、S先生が言っているような、そんな話ではありません。」
S先生
「いいや、高木は暴れたんだよ。」
僕
「だから、やっていないと言ってるじゃないですか。
同級生達が何人も集まって、いつもやっている僕への悪口がエスカレートして、モデルさんへの悪口まで言い始めたんです。
僕はそれに注意をしました。」
S先生
「いいや、俺は誰からもそんな話は聞いてない。
高木は一年以上も前のToとのことを根に持って、突然キレて暴れたんだ。
他の生徒や先生達も、みんなそう言っている。」
僕
「そんなことやってないって言ってるじゃないですか。
あれは、あの日の学科の授業から…」
S先生は僕が説明途中であるのを無視し、強引に発言する。
「いいや、高木は暴れたんだよ。」
僕
「やってません。僕は…」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「だからやってない…」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「やってません」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「やってねぇよ」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「やってねぇっつってんだろ」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「…」
S先生
「でもやったんでしょ」
僕
「だから…」
S先生
「でもやったんでしょ」
ここで、僕は出せる限りの大声で叫ぶ。
「やってねぇっつってんだろぅが!テメエもいい加減にしろよ!」
僕はこの時にS先生の胸ぐらを掴む。
S先生
「悪い、俺はあいつ等からそう聞いただけなんだ。
そうか、高木は暴れていないんだな。わかったわかった、悪かった。」
僕
「この件に限らず、俺が何を話したって、テメエ等(教員達)はまともに話なんか聞かねぇじゃねぇか。
こうやってお前等の都合のいい理屈で決めつけてくるなら、最初から俺に聞きくるんじゃねぇよ。」
そこから、僕の立場からの状況説明をS先生は聞きながら、第三者を挟んだ話し合いを勧めてくる。
ToとSとTaの3人と僕の間に、第三者を挟んだ話し合いをやるべきで、その第三者にはS先生とS(同級生・男子)とTaがなると主張する。
このことに、僕は反対する。
S先生もS(同級生・男子)もTaも、みんな当事者であって第三者ではなく、最初から僕の話など無視する前提であるのが目に見えている。
僕としては、もう教員や同級生達との誤解を溶いたり和解するということも諦めている。
教員や同級生達が仲良く一緒になって、僕をバカにして悪くいうのも構わないが、僕が絵を描く行為を邪魔することだけはやめて欲しい。
S先生が僕を嫌っているのは十分理解しているが、それで課題について嘘を教えて困らせようとするくらいなら、僕の相手なんかしないで放っておいて欲しいと求めた。
それでもS先生の意向では、僕に話し合いへの拒否や反対する選択肢はないのだという。
S(生徒・男子)やTaやToから聞いたという話では、僕の日頃の暴力的な言動に、生徒達は全員が怯えていて、その僕の暴力や脅しから、S(生徒・男子)やTaはいつも皆を守っていることになっている。
そういう性格の高木だから、授業を教える教員達も、適切な指導ができなくなってしまったのだという。
全ては、高木が力もなくこの美術大学へ入学してきて、勝手におかしな勘違いを始めて暴力的な言動をとっているだけのことであり、原因も何もかも全て、悪いのは高木一人だけだ。
そんな高木の存在に怯えている生徒達の為にも、高木をこのまま野放しにすることは出来ない。
大学の教職員達には、生徒が普通に授業を受けられるように務める義務や責任があって、その為の話し合いに対して、高木がそれを拒むことは許されることではない。
こんな感じで、終始で僕だけが悪いという理屈で責められていた。
高木が全て悪いという事実は、高木が話し合いに出席さえすれば、客観的にも証明できる。
そこへの参加を拒んでいること自体が、高木が悪いということへの証明になる。
S先生のこういう責め立てによって、僕は「そこまでいうならやりましょう」と怒りながら合意をした。
それでもし、僕が悪いと認めるしかない内容に行き着いた場合、僕は同級生全員に土下座をするであっても、この大学をすぐ退学するのであっても、S先生が出した指示に何でも従う。
その代わり、僕が悪くないという結論になった場合、S先生は、これ迄に「どうせお前には、説明しても理解できない」等と言って避けてきた指導の在り方を改めて、僕が過去にしてきた質問にきちんと答えて貰う。
僕は、そういう条件をつけた。
S先生は、こう返答して了承する。
「そうしよう。
嘘をついている奴の嘘を徹底的に暴いて、もうこの学校には居られなくなるまで追い詰めてやろう。」
因みに、この話し合いはS先生の独断で実現しない。
話し合いなどしていないのに、高木が全て悪いという結論が出て、それを高木が認めたとS先生は他の教員達に語り、その認識を教員間で共有していく。
当時の僕は、そんなことになっているという発想すら持っていなかった。
そして、三年生に進級した後、A先生(女子)の責め立てによって、このことをはじめて知ったのだった。