同じことの繰返し2 No.84
繰り返される間違った指導
僕が大学のアトリエ(教室)で課題を始めることで、また新しい問題が生まれる。
自由課題のなかで、僕だけが絹本着色といわれるかたちをとり、絹に絵を描いていた。
生徒全体の流れとしては、みんなは紙本着色と言われるかたちで、麻紙に絵を描く。
もう少し細かな事情を書いていくと。
この大学での日本画の授業では、大学側で生徒の使う麻紙を用意する。
それは強度の強い麻紙で、絵具を厚く塗ったり盛り上げをする前提の麻紙である。
生徒から大学へ支払う授業料のなかに、その麻紙の購入代金は含まれていて、生徒が本画制作の許可を得られた時に、生徒は麻紙の代金の一部を負担して麻紙を受けとる。
生徒が麻紙を受けとる際に負担する一部ずつの代金は、生徒や教員達で共用に使うもの(膠や刷毛等)の購入に使っているという。
僕は2年生になったばかりの頃、その支給(一部負担)される麻紙を使用せずに、自分で用意した麻紙や絹等で課題を制作してもよいか、という質問をした。
僕としては、色々な種類のあるものを試し、色んな技術を身につけたいという意欲があった。
他人と違ったことがしたいとか、大学の指導の在り方に反発するとか、そういう意図は持っていなかった。
日本画の教員の中心人物であるK先生(男子)にこの話を振り、『課題のなかで、自分で麻紙や絵絹を用意してもよい』という確認をとっていた。
絹に絵を描くという行為や、絹本に合わせた日本画の描き方等も、一年時の授業でK先生(女子)に教わったことであった。
そういう経緯や確認もした上で、僕は絹本着色を行い、盛り上げや厚塗りをしない描き方をしていた。
その僕の行為は、同級生達には『また一人だけ身勝手なことをしている』という批判となり、S先生の耳に苦情として入る。
普通の生徒であれば、生徒間で『そんなことをしちゃダメだ』と止めることも出来るが、高木に限っては暴力的な性格で反発してくるし、S先生自体も『もう高木には近づくな』と言っている事情もあり、どうにも出来ないと生徒からS先生へ言われている。
繰返しの話となるけれど。
課題の出題内容では『自由に絵を描きなさい』としか書かれておらず、僕のやっていることは禁止されていることではない。
その上、僕はK先生(男子)に直接質問をして『やってもよい』という許可も貰っての行為だった。
それでも、これまでS先生やA先生(女子)やI先生等は、生徒みんなには毎年どの課題でも同じ麻紙を使わせ、同じ様な描き方をさせ、その生徒の絵には教員達の価値基準で良し悪しの判定をしてきた。
そこからはみ出している僕に対して、少し前までは、ずっと乱暴な言葉で批判して、みんなと同じことをしろと圧力をかけていた。
それをS先生は、K先生(女子)との絡みから、自分の指導の在り方が間違っていたと気付いたのだが、今更それを間違っていたと公に認めることが出来ない。
だから、生徒からそういう苦情が来ていることで、自分(S先生)の教え方が間違っていると気付きつつも、僕にはそれらしい注意をすることで面目を保つ必要が出来てしまう。
僕の描いている絵に対して、S先生からは『身勝手なことをするな』という、1~2年生の頃と同様の批判を受け、また口論となる。
僕はS先生に対して、絹本着色は2年生の頃にK先生(男子)から許可されたことで、描き方は1年生の頃にK先生(女子)から教わったことをやっているのだと主張する。
それに対してS先生は、自由課題であっても課題毎にルールはあって、僕のやっている描き方は許されないのだという。
1年生の頃にK先生(女子)に教わったことは、1年生のその頃にだけ許されたルールで、今はまた別のルールで課題を行っている。
実際に、みんなが同じ描き方をしているのに、高木だけが違ったことをしているのではないか、と指摘してくる。
そんなルールの話なんか、今までに一度も聞いたことはないし、僕は自分のやっていることが許されることかどうか、過去に確認を取った上でやっている。
教員の顔色やまわりの様子を伺って、自分の考えで絵を描けないのは自由なんかではない。
この時のS先生の話も、結局は嘘なのではないか、と僕は反論する。
S先生は、課題の出題内容についての書類関係では書かれていないが、授業内でそのルールについてはきちんと教えている。
ただ、それを高木が耳を傾けず、わかろうとしてこなかっただけのことだという。
仮に、そういうルールといったものが本当にあるのだとしても、それはS先生が僕に対して何度も言っている『これまで説明の不足していたことに対して、これからはきちんと説明を行う』という約束のなかにあって、S先生はその約束を果たしていないだけではないか、という反論をする。
このやり取りを経て、S先生は『そのルールに関しては、他の先生達と話し合いをした上で、講評会の場で明確な説明をする』と語る。
これ迄の経緯から考えても、S先生はその場逃れの嘘をついているだけで、信用してはいけないのは明確だった。
それでもS先生は『今度こそ、絶対に約束を守る』『今度こそ、俺のことを信じてくれ』等と話し、今回は指示に従えと語る。
僕はS先生を信じた訳ではないが、信じたい気持ちを持ちは持っていた。
そのことから、この課題ではS先生の指示にもう一度従い、この後のS先生の行動を見ることにした。
S先生の言い分では、絹本着色自体はよいらしいが、絵具の厚塗りや盛り上げをしなければならないのがルールだと語る。
そうして、僕はそれまでに何十時間もかけて薄く丁寧に絵具を塗り重ねた絵を、S先生に指示されるまま、絵具を濃く溶いたもので潰していった。
僕は、S先生が『今回こそ、必ずきちんと説明する』という約束の上で、納得のいかない描き方をして、約束の講評会を待っていた。
でもというか~これまで通り、S先生は僕との約束は果たさない前提で、約束を取り交わしていただけだった。
講評会と約束
この時の講評会は、S先生との約束の日だった。
しかし、S先生は講評会に出席はしない。
担当教員であるA先生(男子)も用事があるということで、K先生(男子)とA先生(女子)の2人が3年生の講評会を開くということになった。
この講評会の場で、僕は日本画教員達の指導の在り方に意見・批難をする。
この講評会で、同級生達の批評を見ていると、これまでに一番話を聞いてきたS先生と、日本画教員の中心にあるK先生(男子)との考え方・描き方の違いを強く感じる。
S先生の指導の場合は、小下図や下図での制作をあまり大切にしていない。
下図等でモチーフの輪郭や配置さえ決まれば良いようで、色合いや雰囲気の様なものは本画で描き進めながら作っていくもの・描きながら変わっていかなければならないものだと主張していた。
A先生(女子)も、S先生と殆んど同じ様な発言をよくしていたのだから、同じ様な考えを持っているだろう。
K先生(男子)の批評からは、デッサン的な絵の見方を強く感じた。
まわりの生徒たちに行っている描写面での指摘からも、西洋絵画の基礎を踏まえた視点をもっていることがわかる。
こういった教員間の考え方の違いを、K先生(男子)やS先生自身などで自覚しているかはわからない。
教員達のなかでは、K先生(男子)の視点が、僕の持つ視点や基礎的なものに一番近いのかもしれない。
それでも、絵の描き方は大きく違う。
この大学の教員達は、上の立場にある教員の発言に、下の立場の教員は、その場だけ言葉尻を合わせてしまう。
それでいて、上の立場にある教員がいない場面では、下の立場の教員は、自分なりの考えを生徒に語る。
「◯◯先生はこう言ってくるけれど、俺(私)はこう考える」など。
それでいて、複数の教員達のいる場面では「違うことを言っているように聞こえるかもしれませんが、実は(教員達はみんな)同じことを言っているのです」とも語る。
そういう教員達の考え方の矛盾の部分で、僕は振り回されてきたし、同級生達は、そこに疑問や違和感を感じていないのか、不思議に思ってきた。
薄々と感じていたことを率直に言ってしまえば、こういう考え方が出来る程には、みんな絵を頑張っていないのだ。
だから『自由に絵を描きなさい』『自分の描きたいものを描きなさい』と言われても、教員達の描かせたいものばかりを考え、そこに同調していく。
もし入学当初に、K先生(男子)の様な教員と接していたなら、僕は一年生の頃から課題に打ち込めてきただろう、とも感じていた。
でも、これ迄に散々と教員達と揉め、関係が破綻したこの時からでは、全ての問題が手遅れとなっていた。
抑えきれない苛立ち
講評会は僕の作品の番まで回ってきた。
僕は自分の作品を持って来てはいたが、それを見せずに話し始めた。
『僕はS先生と約束を交わしていまして、これまでずっと行ってきた質問に対する回答を、この講評会で必ずしてもらえるということでした。
その為に、僕は自分の描きたいものを途中から中断され、指示された描き方へ嫌々切り替えた訳です。
そうしなければならない理由は、この講評会で必ず説明をすると約束しました。
今はその当の本人は居ない様子なので、その説明を受けられないようなら、僕はこの場で作品を見せたくありません。
いま制作している作品は僕の意思で描いたものではなく、S先生からの命令で仕方なく描き直したものです。
それを僕の意思で描いた作品として批評されたくありません。』
僕の話に対し、K先生(男子)はこう返してくる。
『それは君が全然人の話を聞かないから、S先生は仕方なくそういう言い方をしていたんだろ?
しかも、そのことでも悪いのは全部お前なんだろ?』
僕『この大学の先生方が、僕に対して言っていることややっていること、あまりに酷くないですか?
担当教員のA先生(男子)から、直接課題についての話をしたいと言っても、1度も顔を合わせてさえ貰えない。
必ず講評会で説明するから、納得いかなくても指示に従えと指示を出したS先生は講評会に出てこない。
この状況に対しておかしくないですかと言っている僕に対して、何も知らないけれど、悪いのはお前なんだろと決めつけいる。
おかしなことばかりじゃないですか。』
A先生(女子)
『それは高木君が力もないのに、いつも勝手なことばかりやって、人の話を聞かないからだよ。
しかも暴力的な性格だから、みんなが怯えて言いたいことも言えなくなっているだけ。』
K先生(男子)
『ほら、やっぱり君が全部悪いじゃないか。
君が人の話を聞かないで、暴力的な行動ばかりとるから、みんな仕方なくそういう対応をしているんだ。』
この頃の僕は、いつも苛々しながらも、それを抑え隠そうとしている。
そんな精神状態である為、僕はK先生(男子)のこの数言だけで怒り、怒鳴り気味に返してしまう。
『勝手に決めつけないでください。
何で僕が悪いという前提の話になっているのですか?
何も知らないと言いながら、その発言はおかしいじゃないですか!』
K先生(男子)
『おい、落ち着け。
こっちは誰かも何の話も聞いていない。
ただ今の君の話を聞いて、そう思ったことを言っただけだ。
そんなことよりも、これは講評会なんだから、君の作品を見せなさい。』
僕
『K先生(男子)はいま嘘ついてますよね。
何にも知らないふりしながら、何かを基にした発言していて、言ってること卑怯じゃないですか?
何も聞いていない筈なのに、何で今この時点で悪いのは僕だと結論付けしてるんですか。』
K先生(男子)
『本当に何も知らないけれど、悪いのは君だという風にしか見えないからそう言っているだけだ。
いまこの場は講評会なのだから、作品を批評しないということをする訳にはいかない。
講評会に出席している以上、作品は出しなさい。』
僕は『何も知らないのに、よくそれだけ酷い言葉を返せるものですね』と毒つきながら、持ってきた課題をみんなの前に出す。
この少しの間の会話だけで、Ka先生の発言に疑問と不信感と怒りがこみ上げてくる。
K先生(男子)の最初の発言で
『全然人の話を聞かないから、仕方なくそういう言い方をした』
という文句は、S先生が僕に対して何度かかけてきた言葉そのままである。
何も知らない人物が、偶然にもこの文句を選び『悪いのはお前なんだろ?』という結論付けまでするだろうか?
これまでの2年間、複数の教員たち(全員が助教授)と僕とで何度も繰り返し起こったトラブルを、その学部の教授という立場の人間が本当に何も知らないでいるものだろうか?
証拠こそないが、僕はK先生(男子)とA先生(女子)の発言から悪意と嘘を感じ取ってしまう。
そういうものを感じながらも、これは僕の勘繰り過ぎや早とちりだったのではないかと考えようとする。
S先生との問題で、僕自身の大人気ない感情の昂りを、K先生(男子)にぶつけてしまっている、という自分の愚かさは判っている。
しかし、K先生(男子)の発した言葉には納得はいかず、僕とS先生(男子)とのやり取りを、同級生達が声に出して笑っている状況もあり、僕は自分の苛立ちを抑えようとしながらも、言葉は荒げるなどして、抑えることは出来なかった。
僕は、この時の課題の制作について、怒りながらこんな内容の話をする。
『僕自身としては、戦前の日本画の様なものや古典や基礎的なものを、大学内でみっちりとやりたい意思を持っている。
1年生の頃に、K先生(男子)と直接話をして、そういうものをやってもいいという許可を貰っているのに、そういうものを今回のこの課題でも許されず、何十時間も制作時間を費やした後に、やり直しや方向転換を強要されている。
課題のなかで、やってもいいことややってはダメことがあるなら、それを最初に提示してくれれば、僕はそれに従う。
しかし、教員達の気分や教員間の考え方の違いから、許可されたことが後になってダメだと言われてしまう。』
僕の話の途中、A先生(女子)は強引に口を挟む。
A先生(女子)
『高木君の言っていることは全部間違っている。
私達は、どういう絵を描けなんて指示は出さない。
自分勝手に変な絵を描いて、上手く描けないのを私達のせいにしているだけ。』
K先生(男子)
『ほら、やっぱり君が全部悪いんじゃないか。
この大学では、生徒がやりたいといっている制作に対して、ダメと言ってやらせないということは絶対に無い。
この話を聞く限りでは、君の意志が弱かっただけの問題じゃないのか?
こういう中途半端な絵を描いて、古典を学びたいとか言うくらいなら、模写でもやればよかったじゃないか。」
僕
『模写は、自由課題でやってはダメだと言われているので、やれる訳ないじゃないですか。』
K先生(男子)
『だから、この大学の先生方は、誰もダメだなんてことは言わない。』
僕
『俺は実際に、模写はダメだって言われて禁止されているんだよ!』
A先生(女子)
『そんなことはだれも言わない。
全部高木君の勘違いだよ。』
K先生(男子)
『ほら、やっぱり全部君の勘違じゃないか。』
一部の同級生達が、このやり取りを見ながら笑っている。
そういう状況もあり、僕は怒りで頭がまわらなくなっていて、K先生(男子)やA先生(女子)に手を上げそうになる衝動に駆られる。
その衝動を必死に堪え『話にならねぇじゃねぇかよ!』と怒鳴り、講評会を出ていく。