収束の方向 No.66
Toからの手紙
モデルさんでの一件の後、S先生とA先生(女子)からは、時折、挑発の様な批判や指摘を受ける。
繰り返し言われていたのは、僕の考えていることは、何もかもが全て勘違いだということ。
高木のことを悪く言う人なんか、この大学には一人もいない。
みんなは高木と仲良くしようと接してきているだけで、それを高木は思い違いをして、嫌がらせと受け止めているだけだ。
モデルさんの件でも、高木が言うような、誰かが誰かのことを悪く言っている場面なんかは一切なかった。
もし仮に、そうとしか見えない場面があったとしても、それは絶対に高木の勘違いだから、高木は注意するといった余計なことはしなくていい。
入学当初から今現在まで、感じたり考えたことは、何もかも全て、高木の勘違いや間違いなんだ。
そういう話が僕には鬱陶しく、馬鹿馬鹿しくもあり、課題に直接関係ない話とわかれば、僕は適当に聞き流し、極力、反論や意見もしないようにした。
そういう僕の反応に、S先生とA先生(女子)は余計に腹を立てていく。
こういう流れにあって、Toは疑心暗鬼になっていた。
S(生徒・男子)やTaや教員達がわざとらしく擁護する程、同級生達の疑いの目が気になってしたかなかった。
そのことで、Toは僕に対して一枚の手紙を書いて渡してくる。
内容としては、大体こんな感じだ。
『高木は誰とも関わりを持たなくても平気で、他人を陥れても何も思わない奴だというのはわかった。
でも俺(To)は、人との関り合いを持っていないと生きていけない人間だ。
高木の計画通りに、同級生達はみんな、俺のことを邪魔くさい奴だと思い、避けていくようになった。
このことで俺は誰よりも苦しんだ。
だから、高木がいつまでも持ち続ける俺への恨みは、このことで帳消しにして、全て忘れてくれ。
これ以上は恨みを持ち続けるのは止めて、もう俺のことを苦しめないでくれ。』
この手紙を読んで、やはりToは事実を受け入れてないことを見てとれたし、この理屈に対して相手するのも馬鹿馬鹿しくて、読んで直ぐにクシャクシャにしてゴミ箱へ捨てた。
それからも、S先生によるToの擁護や僕への責め立ては続けられる。
その責め立ての場面で、僕はクシャクシャにしたToの手紙を拾い直し、S先生に見せる。
S先生がToを擁護しているつもりでいても、それがToを疑心暗鬼にさせて悩ませていることを、僕はS先生へ伝える。
自分の都合でばかり判断していないで、もう少し生徒のことを考えて動いたらどうなんですか、と僕は反論した。
そのことで、S先生は他の先生とも話し合って考えを改めるから、Toの手紙を少しの間貸してくれと求めてきて、僕はその求めに応じてしまう。
そうして教員達はToの手紙を読み、その内容を額面通りに受け止め、僕の話は無視される。
この事でも教員達は、高木は悪い奴だという考えを深めてしまう。
話し合いについて
S先生の強い意思で、S先生を中心に、僕とS(男子生徒)とTaとToとで、話し合いを行うこととなっていた。
その話し合いはいつまでたっても始まらず、裸婦のモデルさんがポーズをしてくれる期間が終わりかけた頃、僕はS先生に対して「いつはじめるのですか」と質問した。
モデルさんが日本画の校舎に来ている内でなければ、問題があった場面での事実確認がとれなくなることや、モデルさんや他の人達の記憶も曖昧になってくる。
そのことを伝えながら、話し合いをすると決めたのだから、早く話し合いをやりましょうと求めた。
S先生は思い出したかの様に「ああ、話し合いは辞めた」と返してくる。
理由も、S(男子生徒)とTaとToの3人へ話し合いをする考えを伝えたが、その3人がやりたくないというので諦めたという。
僕に対しては、あれだけ酷い言い方で求めていながら、それはおかしいのではないかと意見すると、S(生徒・男子)やTaやToは高木に脅えて萎縮しているから、仕方ないと判断した、という。
この事に、僕は声を荒げて「S先生の言ってること、やってること、おかしいじゃねぇか!」と意見する。
S先生が話し合いを準備する過程では、高木が反論できないような証拠は幾つも用意してきたのだけど、高木が暴力的な性格で、S先生には生徒を守る責任や義務があるから、悔しいけど仕方なく諦めたのだ、という。
僕はS先生に対して「おかしいだろ!」「俺は普通の生徒として、課題を描ける環境を求めているだけだぞ!」等と怒鳴り付け、話し合いをしないのであっても、具体的に何かしらの善処することを求めた。
その末に…
S先生
「もう色々と面倒くさいから、高木が悪かったことにして、あいつ等(S(男子生徒)とTaとTo)には高木が謝れ。」
僕
「それは出来ません。
どちらも悪いとか、どちらも悪くないとか、この問題はそういうことじゃないんですよ。」
S先生
「そういうことを言っているんじゃないんだ。
高木が少し大人になって、高木が悪かったという名目で謝れ。
誰が悪いとか、そういう話じゃない。
謝って、絵の描き方とかもあいつ等に一から教われ。」
僕
「だから、それは出来ません。
大事なことまで目を瞑って、和解を出来なくしたのがS先生じゃないですか。
絵の描き方を教えるのも、S先生の仕事であって、あいつ等がやることじゃないですよ。」
「白黒はっきりさせると言ったくせに、何で事実確認すらしないんですか。
あいつ等はモデルさんのことをバカ女と言って、指差しながら◯ンコが見えると言って大笑いしていたんですよ。
それが本当なら、黙って見過ごせるんですか。
僕が悪いことを証明できるなら、はっきり証明して注意して、後腐れなくこの問題を終わらせればいいじゃないですか。
S先生は、何でそれを出来ないんですか。」
S先生(少し笑いながら)
「なのなぁ、絵を描くのにモラルなんか関係ないんだよ。
芸術の世界というのは、元々が汚いもので、誰かを陥れたり騙したりというのが日常的に行われるものなんだ。
この大学だって例外じゃなくて、俺より上の立場にいる先生達だって、俺なんか比べ物にならない程、酷いことは幾らでもやっているんだ。
そういう世界で上手くやっていく為には、嘘もつかなきゃいけないし、事実と違うことでも謝って、目上の人に気に入られなくちゃいけないんだ。
それくらい、わかるだろ?」
僕
「わかりませんし、わかりたくもありません。」
S先生
「芸術の世界は、広いようみ見えても狭いもので。
どの組織もどこかしらで、人間関係は必ず繋がっているんだよ。
だから、いまここで俺の言うことを聞かないで嫌われたら、この世界では生きていけなくなるぞ。
高木がこの大学を卒業してから、どんな組織に属していようと、必ず追い詰めて、芸術なんかに関わって生きていけなくしてやる。
そういうのは嫌だろ?
いま高木があいつ等(S(男子生徒)・Ta・To)に謝らないというのは、そういうことになるって言ってやってるんだよ。」
僕
「正しいことをした結果、そうなるというなら、それはそれで仕方ないじゃないですか。」
S先生(怒鳴りながら)
「じゃあもう、誰とも口をきくな!
お前のことは絶対に許さないから、覚悟しろ!」
僕
「はい、わかりましたよ。」
これ以降、僕を授業に出席させないことや、日本画の他の先生達とも関わらせないと怒鳴る。
このS先生とのやり取りに対して、僕は、その場の勢いで言われたものと考えようとしていた。
この件に限らず、デッサンが黒いと怒鳴られた件などに関しても、後日に「あの時は言いすぎた」みたいな言葉をかけられて、僕も「気にしてませんよ」なんて言葉を返して終わるものと思っていた。
こういう事を通して、お互いの腹の底を理解した気持ちになって、そこから良い関係を築けるかもしれない。
そういう風に、僕はいつも考えていた…というより、そう考えたかった。
でも、S先生ばかりでなく教員達は、そういう考え方はしておらず、『全て高木(僕)が悪い』『日本画の生徒で、一人だけ頭のおかしい生徒がいるんだ』『高木は、人の話を全く聞かない』『高木とは関わらない方がいい』等と口にして、僕への敵対心をより強めていた。