動物画制作2 No.49
盗難とその対処
1年次の後半から、僕は課題を自宅で制作していた。
それでも、裸婦のデッサンの様な、大学でしか制作できない課題は大学で制作していた。
大学で制作しない事情のひとつは、同級生達とのトラブルや盗難問題や絵への悪戯によるもの。
もうひとつは、教員達による納得できない指示や強要によって、僕の課題はいつもメチャクチャにされ、そのやりとりからも、同級生達は面白がり、険悪な関係はエスカレートしてきた。
これは言いまわしの問題で、これらはひとつの問題でもあるのだ。
僕はただ、絵に集中したかった。
自分の学ぶべきことや、やれることをやる為なら、まわりから嫌われても、孤立しても、それは仕方ないと考えてきた。
でも現実には、僕が努力をする程、教員や同級生達は悪意を持って、僕の邪魔をして困らせようと頑張っていく。
大学の教員や同級生達も、それが愚かであることのわからない立場や年齢ではない。
それでも、そういう愚かな方向に向かってしまう彼等だから、僕は彼等の気持ちや立場なんか気に止める必要はなかった。
それでも僕は、彼等にも良心や道義があって、どこかでわかりあえる筈だという気持ちを残してしまう。
こういう者達は、一度は痛い思いをさせない限り、自身のエゴを押し通し、道義的な考えを持たない。
僕の頭のなかでは、そんな考えも薄っすらとあるのだけど。
当時の僕は、ただ絵に集中することが一番だと考えていた。
いつも暴言や嫌がらせを行ってくる同級生達へ、暴力という痛みを与えてわからせることは物理的には出来た。
教員達の矛盾に対しては、大学事務へ助けや協力を求め、他の科の教員を間に挟んだ話し合いによって、目の前の教員達の指導上の矛盾や言動の酷さ、洋画を基準とした基礎で考えた時の程度の低い指導内容、そういうものもはっきりさせ、教員としての面目を潰すことも出来る様に考えてはいた。
(理屈的には出来るが、立場の高い者程エゴを押し通す組織が出来ているので、実際には思っている通りには出来なかっただろう。)
そういう痛みを彼等へ与えることが、この問題の一番適切で一番早い解決法方だったと、今でも僕は思っている。
それでも僕は、彼等の良心や道義を信じて、そんなことをしなくても、いつかは必ずわかりあえて解決すると考えようとする。
僕はお人好しが過ぎていたし、彼等とわかりあえないのだとしても、そんな彼等を相手せず、自分が学び向かうべき方を向かって進むことこそ、自分の絵のプラスになるのだと信じていた。
このブログを書いている今の考えで語ると、彼等の良心とか道義なんか信じるべきではなかった。
人の悪意はもっと深く、多くの禍根を作っていくものなのだ。
夕日の光
時折、S先生からは「制作途中の絵を見せろ」と言われていて、僕は渋々、制作中の絵を自宅から大学の研究室へ持っていく。
この時は、夕日を背景に蚤取りをしている2頭の猿を描いていた。
S先生の説明からは、その夕日と逆光状態にある猿を題材にしていることが、日本画ではやってはいけないことだという。
そのことで、本画(本番)制作に入っている絵を下図相談の処からやりなおせ、と注意される。
下図段階から夕日を描くことは知らせていた事や、この頃に東京芸大の学長である平山郁夫等も、夕日や逆光の絵を描いていること等、僕は幾つかの反論はしていた。
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それでも「俺(S先生)がダメと言ったらダメ」と言って、これ以降に他の教員達から許可を貰ったとしてもダメだと語る。
これからやり直すとしても、講評会まで1週間程しかない状態でもあり、夕日を無くした絵にして制作を続ける許可を貰う。
話はそれだけでは終わらず、S先生はこう続ける。
「それから、制作は学校でしろ」
このS先生の話に対して、僕は意見する。
学校で制作しない理由のひとつは盗難であり、もうひとつは教員達の悪意ある接し方や指示と、そこから派生している人間関係上の問題であると僕は語る。
ここで初めてこの話を切り出したのは、教員や同級生達との関係を、これ以上関係を悪くしたくなかったからであり、僕が我慢すれば時期に収まると考えてきた。
教員達が腹を立て、悪意を込めた指導や指示を出していることが、僕の人間関係や盗難問題にも繋がっている、そんな話も僕は語った。
この僕の話に対して、S先生はその内容を受け入れない。
「高木の言っていることは全部が詭弁で、実際にはそんなこと一切ないんだろ?
どんな事情があったとしても、これからは大学で制作をしないと単位は与えない。」
そんな言葉が帰ってきて、僕は怒り出す。
「お前(S先生)の言っていることはイチイチおかしいだろ。
学校で制作できなくなったのは、お前の暴言と、それを見て面白がってる生徒がやってることだぞ。
これ迄に何度か、言動を改めるって約束しておきながら、実際に何かひとつでも改めたことあるのかよ。
この問題、全部お前ら教員のせいじゃねぇか。」
これまでに、僕はこんな反論や怒り方をしたことがなかった為、S先生も驚いたのだろう。
詭弁という言葉を使ったことは謝ってきた。
今度から盗難にあった場合は、教員達へ報告すれば必ずその盗難に対処することを約束するから、学校で課題を制作しなさい、という指示を受ける。
学校のアトリエ(実技の教室)には、各個人に割り振られた制作場所がある。
S先生から指示があった日の翌日から、僕はそこへ、自宅と大学を何度も往復して画材を運んでくる。
前日でS先生に見てもらった絵はそのまま置いておき、それから自宅と大学を何往復もしながら、僕は画材を運んできていた。
すると突然、僕の画材や絵は全て無くなってしまう。
まわりにいる生徒へ、僕の消えた画材について質問しても、誰も答えない。
その後、僕はS先生を探して画材や絵の紛失のことを伝えた。
前日にS先生は、紛失問題が起きた時には何かしらの対応をするという約束を交わし、僕は学校で制作をする準備をしていた。
だから、S先生は何かをしてくれる筈だったのだが、S先生はこの盗難を僕の嘘だと決めつける。
決めつけるというより、僕の相手が面倒臭くて、屁理屈で言い逃れしただけなのかもしれない。
「どうせそれも高木の詭弁だろ?」
という言葉から始まり、盗難の話は最初から嘘で、人間関係が悪くなったのも、絵が上手く描けない言い訳ばかりしているからだと話始める。
そして、今回の盗難の話など関係なく、どんな事情があろうと、学校で制作しないと単位をやらないし、提出期限も1日でも遅れたら、その時点から提出物は受け取らないと言う。
この時に制作していた「動物画」の課題は2ヶ月近くもかけて制作しているもので、提出期限も残り一週間もなかった。
紛失した画材も一年以上の期間をかけて、少しずつ増やしていったもので、買い直すにはそれなりの価格はする。
この時点で僕の持っているお金を全て使ったとしても、この課題を制作する為の画材は集まらない。
仮に画材がどうにかなったとしても、提出日までは一週間を切っている。
僕はこの状況に焦り困ってS先生へ報告や相談をしているのに、それら全てが僕の嘘で何も対処はしないと言う。
S先生の指示に従ったのに、どう足掻いても課題を提出出来ない状況に追い込まれ、その結果として進級できなくなる、という話だ。
この時、僕は大学内で初めて怒鳴った。
「何でそんな話になるんだ!
昨日、約束したことじゃねぇか!
俺は盗難の可能性があると言っているのに、お前(S先生)が学校で制作しないと単位をやらないと脅してきたから、こっちはそれに従ったんだぞ。
昨日約束したんだから、何か対処しろよ!
画材が出てきたなら、、期限内に完成させて絶対に提出してやる!」
S先生は自分の発言を改める気はなく、アトリエ(教室)にいる生徒から何かを聞いたりする意思もなく「盗難も、盗む奴よりも盗まれる奴の方が悪い」「自己管理が出来ていない」等と僕だけを責め立ててくる。
「ふざけんな、昨日お前(S先生)の言っていることは、やっぱり嘘ばかりじゃねぇか!」
「この課題の提出は諦めるけれど。
この事で進級出来なくなるなら、俺はこの大学を訴えるからな!」
こんな感じで、僕はS先生に対して怒鳴り、そのS先生は僕を笑って僕を馬鹿にしてばかりいた。
こういうやり取りをしていたけれど、僕はこの課題を諦めると同時に、3年生への進級も出来なくなったのだろう、と考えていた。
だから、僕はこの盗難と進級出来なくなったであろうこと、大学教員や同級生達とのトラブルの一部の話なんかを、母へ電話で説明する。
これ以降のS先生といえば、僕に怒鳴られたことに腹を立て、意地になり、以降の課題については意図した嘘しか教えてくれなくなる。
僕側は、大学の教員が課題について嘘を語る訳がないと信じ続け、1年生の前半の頃と同じ様に困惑していく。