自分の為のデッサン1 No.46
今回の話は、裸婦デッサンの話になる。
細かくいうと、デッサンではなく素描という授業・課題名となる。
素描もデッサンも同じ意味合いのもので、今回はどちらも統一する意味合いでデッサンと書いている。
そして、前回に書いた新入生歓迎会での出来事は、この裸婦デッサンの授業の時期に起きたことだ。
自分の為に
授業のなかで、1週間裸婦のデッサンを行う。
この時には、珍しく授業開始前にS先生から説明が入った。
『この課題では、提出物としてではなく自分の為のデッサンとして描きなさい。
自分の為のデッサンだから、普通にこれ迄やってきたデッサンとは少し違うことを考えてくれ。
でも、1週間のデッサンのなかで1枚は提出物としてデッサンを提出してもらう。』
それを聞いて、今回こそは自分が思うデッサンを追究していく考えを持っていた。
僕がやろうとしていたことは、僕のデッサンは浪人時代から色合い(鉛筆の濃度)が薄い為、もっと濃い色味を使ったデッサンをやろうというもの。
まわりを意識せず、自分なりの問題意識を持ち、自分なりのデッサンをやる。
とはいっても、同級生の殆どのデッサンは、輪郭線を引いて、そのなかを塗る描きかたをする。
それ等のデッサン全てが、僕の描く色合いの薄いデッサンよりもさらに薄い。
まわりを意識しないようにしても、他人のデッサンはどうしても目に入ってくる為、そこで影響を受けてしまい、鉛筆の濃度は実際よりも濃く感じてしまう。
それでは、これまでと同じデッサンで終わってしまう可能性がある。
そうならない為に、最初に木炭デッサンをやり、濃淡の感覚を狂わないようにしようと考えた。
そうして研究室へ行き、S先生に質問する。
「今回の裸婦のデッサンでは木炭デッサンをやってもいいですか?
提出するのは鉛筆でなければいけないのであれば、提出用に鉛筆のデッサンも描きます。」
それに対してS先生は、こう返してくる。
「木炭やってもいいよ。提出も木炭デッサンでも良いんだ」
この場面で、木炭デッサンでも良いとの確認はとれた。
そこから木炭デッサンの準備を始めて、教室内では僕ひとりだけ木炭デッサンを始めた。
まわりからの批判
同級生達から批判されることは、やる前から判っていた。
いつもの通り何人かで、この時も僕の方を見ながら「また一人だけ変なことを始めた」等と話し込んでいる。
それからモデルさんのポーズ合間の休憩時間で、その何人かは裸婦のモデルさんへ話しかけ、いつも同級生間でやっている僕への批判をモデルさんにも教えていく。
「あいつは友達がいない。」
「あいつは紛れで大学を受かった奴で、変な絵をしか描けない。」
「あいつは日本画で一番絵が下手な奴で、みんなには優しい先生達が、あいつに対してだけはもの凄く怒ってしまう。」
その話を聞いているモデルさんも、僕だけが木炭始め、鉛筆を使って計りながらデッサンしている様子を見て、一部の同級生達と一緒にモデルさんも僕の批判で笑い始める。
「見てると、本当に誰もあの人の相手をしてないね。」
「みんなと違うことをして、一人で何してるんだろう。」
「どうせ変なのしか描けないんでしょ?」
そんな話し声を、アトリエ内のみんなの耳に入っていた。
それでも僕は、そんな彼等のことなど気にかけないように心掛け、自分のデッサンに集中しようとする。