上司の強要への抵抗1 No.132
専務の空回り
退職を切り出してから、既に2年半くらいは経過していたと思う。
それ迄に、僕とS専務との会話の中で、
『最後に休みをとってから、どれくらい経っているの?』
『会社の状況から考えて、高木は休みなんかとれない事、解っているよね?』
という会話を時々行ってくる。
この言葉の指す通り、僕が長期的に休日をとれていないことを認識していて、その対処をする気もないことを遠回しに伝えてくる話だった。
そのことへの言い訳をする意味合いで、S専務もS本部長も口を揃えて、こう語る。
『パチンコ店も人手不足で、政策や規制の関係からも大変で、高木の休みへの対処は出来ない。
会社が大変な状態で、今まで高木の世話してきたのだから、こういう時くらいは協力しろ。』
それらが嘘で、本当は対応できるのに面倒臭がっているだけなのは、薄々わかっていた。
ずっと人件費の削減ばかりをしてきて、わざとカラオケ店を人手不足の忙しい状況を作り、僕が逃げ出すか泣き付いてくるまで、退職を引き伸ばして使い潰す考えなんかも、それとなく察していた。
そういう状況になるほど、僕は弱音を口にしない。
会社内で休日をとれず、異常な拘束時間とサービス残業三昧で働いているのが、僕だけだという話も、幹部ではないある従業員から聞いていた。
S専務やS本部長も、休日はきちんととっていて、稀に社長の言いつけ等で、雑務で休日出勤した日には、機嫌を損ねているという。
それでもパチンコ店は大変で忙しく、高木の休日対応なんかはとてもできない、という話をしながら、S専務やS本部長も休みをとれていないかの様な話を臭わせてくる。
僕としては、表向きや本音のどちらでも、こう考えて発言をしていた。
『一時的に忙しいのは構わないので、少しでも早くパチンコ店の体制を整える様に頑張ってください。
そうして、僕が退職しても困らない状況をつくり、僕を退職させてください。』
それでも、ブラック企業の腹黒い幹部達であるから、僕が潰れるまで酷使しながら使い続けようとする。
そういう考え方こそが、会社を悪い方向に向かわせているのだけれど、何でも自分等の都合のよい様に解釈していく人達なので、当人達はそれをわかろうとはしない。
こういったことで、僕は何度か身体を壊したりもするのだが、それを自分達(幹部達)の酷使の問題と繋げては考えず『使えない奴だ』と恫喝するばかりだった。
そうしても僕も、また意地になって仕事をする。
S専務やS本部長は、役職者として専務や本部長を名乗っていても、実はパチンコ店でやっているのは店長業務である。
社長の考えとしては、店舗の運営をする店長より、数段上の立場での仕事を求めていた。
しかし、それを社長は教えたり指示することも、上手くは出来ないでいた。
それでS専務やS本部長は、社長から指示や促しのあった時だけ、他の店舗のことに手をつける。
でも社長の本当の考えでは、専務や本部長としての仕事の例を示している訳であり、一時的にやるべきことを指示した訳ではなかった。
S専務やS本部長は、いつも事務所に隠っていて、ホールには閉店後の僅かな時間しか出てこない。
パチンコ店の売上は、僕が社員になった辺りからずっと下がり続け、毎月の売上の最低記録を更新し続けている。
パチンコ業界全体に影響を受けた事柄で、スロット機の5号機問題とか、総量規制とか、宣伝への規制とか、色々とありはした。
でも、少し時期が過ぎれば、店から少なくなった利用客は、店にある程度は戻ってきた。
そういう状態にありながら、僕のいる会社のパチンコ店にだけは利用客は戻らず、それを幹部達はいつまでも景気のせいだと語り続けている。
パチンコ店の組織作りや従業員教育も上手くいかなくて、そのことでホール従業員達の不満の声は溢れ、退職者が絶えず、新人の従業員達も育ってこないという。
それ迄のパチンコ店は、何をやっても・やらなくても、そこそこの売上は維持できていたもので、S本部長やS専務も『やっている感』ばかり社長にアピールしてきた。
それで十何年という期間は、通用してきた。
パチンコ業界全体が悪い流れになってからは、その『やっている感』は通用しなくなり、社長はまず、自分の息子であるS専務を強く叱り始める。
急に叱られ監視されても、ずっと『やっている感』ばかりの仕事が、実のある仕事に変わることはなかった。
社長の指示により、S専務は旧店舗から新店舗への移動命令を受けるが、そこでも上手く立ち回ることはない。
その新店舗の従業員達からも、専務の身勝手さとやる気の無さを噂される。
その後、新店舗から社長の弟さんの経営している店舗(カラオケ店の隣)へと移動命令を受け、移動する。
この社長の弟さんの店舗でも、他の店舗の時と同じく、上手く立ち回ることはない。
その店舗の従業員達からも同様に、身勝手さとやる気の無さから、不満や陰口などの噂が溢れていく。
一般の従業員達の噂では、S専務はたまにホールへ出てきて、少し歩きまわって事務所へ帰っていくだけで、仕事らしい仕事は何もしていないという。
ここで書き綴っている専務の話は、あくまでも、人伝に聞いた話である。
僕の把握している状況との辻褄は合うが、全てが本当かどうか迄は解らない。
カラオケ店への言いがかり
専務が最後に移動命令を受けた店舗は、カラオケ店から駐車場とコンビニを挟んだ先にあるパチンコ店だった。
そこからカラオケへも、歩いて数分程度の場所である。
そして、以前から社長より「カラオケ店の事も見ろ」という指示を受けている為、今更ながらS専務はカラオケ店に足を運んでくる事になる。
そうして直ぐに、S専務は僕へ喧嘩腰で接してくる。
この時のS専務は、成果を上げる事に焦っていた。
パチンコ店ではやる気がないと判断され、まわりからも迷惑がられ、起死回生の機会はパチンコ店では見つからない。
その上で、僕のいるカラオケ店にも気分的なものでやってきた。
このカラオケ店で長い間やってきた作業を否定し、人手不足の為に手がまわってない状態に怒り、売上の低迷や、カラオケ店の店長になる筈だったSaとKの退職なども、全てが僕のせいだと叱る。
『高木が仕事を怠けてきたせいで、カラオケ店はこのザマだ!』等と罵倒して否定することで、僕を黙らせ言いなりにして、カラオケ店をS専務の都合のいいように動かそうとしていた。
そのことでカラオケ店の売上を伸ばし、S専務の手柄とすることで、会社での存在意義を作ろうと足掻いていた。
ここでS専務自身が、実際にカラオケ店で動いて働いていたならば、結末も少しは違っていたかもしれない。
しかし、会社の幹部で社長の息子であるS専務は、現場での一般的な作業に手をつけることはなく、他の幹部達の広める噂や嘘を信じ馬鹿にするばかりで、カラオケ店の内部のことを把握しようとはしない。
それから、役職者達がパチンコ店で都合よく使っているMという従業員を連れてきて「高木を使って、店のやり方を全部ぶっ壊して作り直せ」等と、口先で大雑把な指示をするだけだった。
この状況から、僕はいつもS専務やMと口論となり揉めていく。
あまりに理不尽な指示や命令や批判に、S専務を殴り付けて退職したい衝動に何度も駆られながら、毎日を堪えていた。
それでも僕が会社を退職しないのは、アルバイト達の状況や立場を守ろうと考えていたからだ。
せめて、僕が去って会社から放ったらかしになっても、自分(アルバイト)等がやるべき仕事は何なのかを明確にして去っていきたかった。
悪意ある者ばかりに見える環境でも、まともに働いている者はいるということや、そういう者の働く姿を見せたかった。
正論と思える内容で強く意見して、それでもアルバイト達を守れない時には、僕はそのまま退職でいいと思っていたし、その境界線スレスレの場面が毎日だった。
それから、僕はずっと退職を求めていた立場にもあって、『クビにしてやる』という脅しなんかも僕の弱みにはなっていなくて、逆にS専務のクビを絞める発言にしかならなかった。
いつも僕は、S専務やS本部長からは『テメェ(高木)がどうなろうと、俺の知ったことじゃねぇんだよ!』等と言われているのだから、僕もS専務やS本部長の立場や都合なんか考える必要もない理屈にもなる。
僕は『クビなら本望だ』と考え、S専務の暴言に対しては、タメ口で反論し、普通の従業員なら遠慮して口にしない本音なんかもストレートに口にしていく。
S専務も、僕の人間性批判をしたり、僕の弱みと信じているアルバイト(恋心を持って依怙贔屓しているという噂)の件を突いて、僕だけではなくそのアルバイト迄もを不快にしていく。
兎に角、僕の面子を潰そうと思い付く限りの暴言を僕にぶつけてくるが、そのことでS専務の立場が優位になることはなかった。
そんなやり取りを数週間続けた末、会社の勤怠の締日を以て、S専務は会社を退職していく。