労働裁判1 No.142
訴訟の始まり
民事訴訟は始まる。
僕側が原告となり、会社側は被告となる。
訴訟は、原告から未払いの残業代を求める書類を作り、そこへ被告が反論していく。
以降は、原告と被告で交互に反論や主張をしていく。
お互いの主張は、訴訟前から殆ど変わらない。
『原告である僕は、管理監督者ではなく、労働も上司や会社に管理されていた立場にあった。
未払いの残業代を受けとる権利はあり、残業代を支払いなさい。』
『被告である会社は、高木を管理監督者として扱ってきた。
管理監督者としての給与も十分に支払っていたし、勤務時間に関しても、自身で調整できる状態にあった。
その為、高木には残業代は発生しない。
会社は高木に対して、残業代を支払う必要はない。』
このお互いの主張を、訴訟のなかで話し合い、話を詰めていく。
裁判所としては、その原告と被告との話し合いのなかで結論に行き着き、和解という合意の上での解決することを促す。
それでも、原告と被告で和解に至らなかった場合には、裁判官が判決を出す流れにある。
言い回しを変えると、裁判官による判決の前の段階迄は、原告と被告での話し合いが中心となる。
その話し合いの過程を、裁判官は終始観察はしているけれど、終盤に差し掛かるまでは、基本的には内容に口を挟まない。
その双方の話し合いのなかで、支払い額などの取り決めまでして終えるのが和解である。
労働裁判の統計では、6~7割くらいの割合で和解という終わり方をする。
この双方の話し合いというのは、話の持っていき方で色々な展開がある。
この話し合い段階で嘘をついても、相手側から嘘を証明されなければ嘘にはならない。
嘘をついたことによる罰則なんかもない。
基本的には話し合いなので、嘘を繰り返せば、後々には辻褄の合わないことも出てくる。
嘘を何度も証明されるとなると、嘘をついている側も、話し合いの上では不利にはなってはいく。
ただ、つかれた嘘を嘘だと証明していくのは大変であり、次々と出てくる嘘への証明が出来ず、嘘で押しきられていく場合だってある。
そういう駆け引きの要素もあるのだ。
駆け引きのなかには、 訴訟を長引かせられることで、弁護士さんの費用を嵩ませて、経済的に弱い側を焦らせることも出来る。
訴訟が長引くなかで嵩む弁護士費用と、しっかりと話し込むことで、最終的に被告から支払って貰う額との釣り合いがとれていない様に思えたりもする。
だから、被告に支払ってもらう額が少なくなっても、妥協して、早い段階で話し合いを終えようとする考え方もある。
しっかりと話し合いを詰めながら、早い解決を望むには、証拠こそが大事ではあるのに、僕は証拠を全く持たずにいた。
数少なくあった証拠も、退職時に処分していたのだ。
そのため、この訴訟は嘘や屁理屈で長引き、それでも僕は『お金ばかりの問題ではない』と考えて頑張った。
牽制
訴訟での最初の段階から、被告側は揺さぶりとして、原告である僕側の提出した書類に、幾つかの指摘をしてくる。
書き出しの辺りの『◯年◯月頃入社』という『頃』という記載部分から、『被告の入社時期は間違いであり、正しくは◯年◯月である』という嘘の指摘を受ける。
この他にも、『原告は◯年の◯月より、カラオケ店へ移動し、そこから店長であり、管理監督者であった』といった、日付的なものでの嘘。
入社日に関しては、月の中途半端な処で急遽入社して働き始めていて、その最初の日を特定出来ないので『頃』という表記にしていた。
それを被告は違うと主張し、実際の入社より半年前の時期を指定してきていた。
日付関係は、被告側から嘘の指摘をしても、原告である僕側には証明して反論する為の証拠はない、と考えていたのだろう。
僕は証拠を持っていないといっても、給与明細書は持っていたことと、ハローワークで入社日を明記された書類を用意して貰うことで、それ等を証拠として提示した。
僕はカラオケ店への移動と同時に店長になった訳ではない。
移動をしてから何年も経過した後、ようやく店長になった。
退職する一年くらい前に店長という名目がつき、そこで初めて一万円の手当てがついている。
その件も給与明細書を証拠とし、反論をするが~中途半端な時期(カラオケ店へ移動する三ヶ月前)に、僕は五千円の昇給をしていて、それこそが店長としての手当てであり、明細書などに明記をしていなかっただけだという。
こういう感じの屁理屈の様な反論が、被告からいつまでも出され、店長・管理監督者の話は終盤まで続いていく。
後々のやり取りも含めて考えると、この被告の指摘関係は『原告側の話なんかは、デタラメな話ばかりで信用できない』という主張という印象を作っていく為のものだった。
内容は屁理屈でも『法的解釈は、我々とあなた達とは違う』と語り、話の締め括りで強い言葉で締め括れば、限りなく嘘や屁理屈としか見えない理屈でも、主張は残ってしまう。
そうしながら、社内での取り決めはなく証明の難しい処で、取り決めがあったことにして、主張してくる。
こういう部分では、こちらも根拠のあるものに限って反論を繰り返す。
訴訟のやり取りのなかでは、被告の細かな主張の間違いばかりはっきりしていが、『原告の言うことなんか、信用できない』といつまでも語り続ける。
この他にも、被告である会社側からは、従業員達のアンケートを証拠として提出してくる。
その内容では、こんな内容ばかり書き綴られる。
『高木店長は、いつもパチンコや昼寝や絵を描くなどして、仕事なんかまともにしていなかった』
『高木店長なんかいなくても、店が困る様な場面はなかった』
『アルバイト従業員達は、高木店長から仕事を教わったりすることはなかった』
『高木店長は仕事のことを何も把握しておらず、店には居ない方が店はまわった』
『高木店長でなければ出来ない業務は、何ひとつなかった』
『カラオケ店の従業員達は、みんなで「高木店長みたいな、酷い人間にだけはならない様にしよう」と語り、いつも高木店長を悪い見本として見ていた』
等々。
そのアンケートは、細かな部分ずつで事実を交えて書かれているけれど、肝心な処は被告の都合の良い内容に作り替えられていて、訴訟での証拠として必要な証言内容は、全て事実とは違う話ばかりになっている。
原告である僕としては、そのアンケートは被告側の誘導によって書かせたもので、信用性のないものだと主張をする。
しかし、原告側からいくら主張をしても、そのアンケートは取り下げられることはなく、最後まで証拠として残る。
被告の主張する事柄の殆どは、そのアンケートを基にしていて、そのアンケートがある限りは、原告である僕の主張は疑いの目を持たれ、根拠・証拠がない話でなければ通らない流れとなる。
弁護士さんとの信頼関係
インターネットで収拾した話のなかで。
原告側の行った残業代請求に対して、被告側の返してくる回答書や従業員の証言書というのは、原告を酷く批判するのがよくあるパターンの様だ。
そのことで、原告は落ち込んだり、原告と弁護士との信頼関係を崩したりすることもあるという。
被告側も、運が良ければそうなることを知っていて、そういうつもりで行っていることである。
そんな話も、僕はインターネットの情報で知っていたので、被告である会社からの批判や、従業員のアンケートの内容も、最初はそこまで気にしていなかった。
僕は弁護士さんに対して、こう話していた。
「話を詰めていけば、被告の話が嘘なのはわかってきますよ」
「僕は(在職中には)変なことしていませんから、今は疑わしく思えいたとしても、とりあえずは信じてください」
それでもこちらの弁護士さんは、そのよくあるパターンに上手く嵌められていた様で、訴訟の終盤近くまで僕の話は疑われ、僕と弁護士さんとのやり取りは上手くいってはいなかった。