移動したカラオケ店の状況2 No.125
従業員達の腹の底
カラオケ店のM店長は、僕と同じ時期に入社してきた従業員であった。
僕がカラオケ店に移動してくる数ヶ月前、パチンコの新店舗からカラオケ店に移動してきて、カラオケ店の店長となった。
M店長は僕とは違い、要領よく立ち回る人物で、本部長との人間関係も上手くやっている。
端からは仲良く見えていても、M店長の居ない場面では「本部長のことは嫌いだ」と語る。
カラオケ店への移動も、本部長に騙されて来てしまったと語っている。
カラオケ店のアルバイト達は、20歳前後の女の子が殆どで、みんな本部長と仲良い様に見える。
本部長はアルバイトの子達を可愛がっている様子で、口癖の様に「あの子達は話せば解る子達だ」「あの子達は俺の言うことならちゃんと聞く」等と口にしていた。
しかし、そのアルバイト達も影では本部長を馬鹿にしていて、『エロおやじ』等と言いながら陰口を叩いている。
この『エロおやじ』発言に関しては、過去の不倫問題の噂もカラオケ店まで流れていて、そんな事も含めた発言である。
カラオケ店のアルバイト事務員や、直ぐ近くにあるパチンコ店に在籍するS課長も、S本部長のことは嫌っていた。
みんな表面だけいい顔をして、影ではいつも文句ばかり言っている組織なのだ。
僕はカラオケ店へ移動してきて、最初に驚いたことなのだが。
お店のドリンクや食材に関しては、従業員で勝手に飲み食いして良いことになっている。
そのことで、特定の食材は従業員で食べ尽くされることで、注文を受けていない内から品切れとなっているメニューもある。
ドリンクでは注文に支障のでる内容ではないが、複数のドリンクを混ぜ合わせて遊び、口を付ける訳でもなく捨てているものを時々目にする。
勤務時間中のアルバイト達は、多くの時間をお喋りや携帯いじりで時間を潰し、ある者は店舗の仕事をくわえ煙草の状態で行っていた。
厨房は殆ど清掃されておらず、僕が手の空いた時に清掃していると、アルバイト達からは「そんなことはやらんでいい」「お前は掃除なんかしてるんじゃねぇよ」等と怒り始める。
手が空いたときには清掃関係をするというのは、僕にとっては普通の考え方である。
それが当たり前のような職場の流れを作ってしまうと、カラオケ店のアルバイト達もその影響を受けるのではないか(自分等もやらされる)という危機感から、攻撃してくる。
それでも本部長がお店に顔を出すと、アルバイトの子達は突然掃除を始め、本部長はアルバイト達の掃除している姿を見て「頑張っているな」と褒める。
何人もいるアルバイト達は、自分等で勝手に、自分等の仕事の幅を決めている。
僕が掃除や料理の仕込み等の手伝いを求めても、「それはうち等の仕事じゃない」「テメェで勝手にやってろ」等と言って、面倒くさいことは(この店舗では)後から来た従業員のやることだと主張する。
本部長とアルバイト達が一緒に僕をバカにして見下していることで、社員である僕は、アルバイト達よりも下の立場にあると勘違いされていた。
M店長が移動してくる前までは、社員は3~4人でカラオケ店をまわしていて、調理や食材の作り置きや仕込み等の作業は、全て社員がやっていた。
その頃のアルバイトは補助的な存在で、直接の調理はしない。
簡単な接客や配膳や客室の清掃を行う程度の存在として扱われ、仕事の範囲が狭いのはその頃の店舗の事情によるものだった。
それから、当時の社員達はみんなクビになり、M店長と本部長が変わりにやってきて、それまでの社員にとって変わる。
カラオケ店には調理の技術を持つ従業員はいなくなり、メニューも調理が簡単に出来るものばかりへと変わっていく。
その後に僕がカラオケ店へ移動してくると、S本部長は店舗には来なくなり、M店長の適当な仕事が始まる。
細々とした雑用は全て僕に押し付け、忙しい場面以外は事務所で遊んでいる。
週末を向かえる前までに、料理の下準備~仕込みの作業を終えなければならないのだけれど、平日の手の空いたときだけでは間に合わず、閉店後に一人残って終わらせるのが当たり前になっていた。
営業時間内、店舗で必要なことは僕が全てしてくれると安心し、僕が黙々と作業をしているのを尻目に、M店長やアルバイト達はいつも遊んでいた。
アルバイト達は、言葉の上ではM店長を悪く言っていたけれど、仕事をそっちのけでいつも一緒に遊んでいて、大切な友達の様な存在にあった。
逆に僕は、いつも何かしらの雑用をやっていて、手が相手も清掃をしているつまらない存在で、本部長公認でバカして嫌がらせをしてよい存在だった。
僕は過去に、幾つかの居酒屋でアルバイトをした経験がある為に気付いていたのだけれど。
設備や厨房の清掃や食材の管理とかを一人でやらされるとなると、顧客が少なくなった程度のことで、遊んでいられる余裕はない。
例えば、フライヤー(揚げ物用の油を暖める機械)の清掃や、浄水器(厨房の排水を濾過して下水に流す機械)等の設備の清掃も、みんなやり方を知らずに放ったらかしの状態にある。
僕はたまたま、それ等を把握していたけれど、手伝いを求めても誰も手伝ってはくれず、やはり僕が閉店後に一人で残り、サービス残業というかたちで行うばかりとなった。
退職までの我慢という意識あって、手抜きもせずにしっかりやってはいた。
こういう従業員の体制を変えるべきではないか、という意見を、僕はM店長やS本部長に持ち出したことはあった。
M店長としては、以前の社員達のせいで、アルバイト達はこれよりももっと酷い状態で、この店をまわしてきたという。
そういう過程があるので、アルバイト達の気持ちや立場を配慮しながら、いきなり全てを変えていこうとするのではなく、少しずつ変えていく必要がある。
もしいま全てを変えるとするならば、アルバイト達を全員辞めさせて再教育をする必要がある訳で、その時には僕の退職は取り止めて貰うという。
S本部長に話を振った時の話では。
僕はもうすぐ辞める存在なので、店のあり方やアルバイトの仕事のやり方に対しても、一切口を挟むべきではなく、そこに口を挟めるような会社内の立場にもない。
アルバイト達に、仕事上で注意をする権限さえ、僕にはないのだという。
だから、黙ってM店長の指示に従ってだけいろ、と怒鳴り散らされていた。
こんな店舗状況から、僕やM店長に対して、S課長は顔を合わす度に責め立ててくる。
「こんな仕事をせずに遊んでばかりのアルバイト達を、なぜ辞めさせないんだ」
「(僕が)退職が決まっている立場なら、サッサと辞めろ」
「お前等(M店長と僕)みたいな、飲食店のやり方を何も知らない奴等なんかいらない」
僕としては、社長の指示によってこのカラオケ店へやってきて、退職までの僅かな期間、M店長の手伝いをすることになっている。
アルバイトを辞めさせるとか、僕がすぐに退職するとかいうのは、僕の独断で行える事ではない、という返答もしてきた。
M店長は、どのような返答をしていたかはわからないが。
S本部長の作った流れや意向に添って仕事をしていながら、S課長からは何でも否定的に責め立ててくる状況は、それなりにこたえている感じだった。
このカラオケ店の管理は、元々はS課長の所属している直ぐ近くのパチンコ店が行っていた。
それから、S店長が本部長に昇進したことで、管理はS本部長の管轄になったのだが。
午前中に清掃員を店にいれる為の鍵空けや、売上金や細々とした処理関係は、S課長に仕事と責任を残した。
そのことでS課長としては、S本部長の管理のもとで、カラオケ店の運営が上手くことも失敗することも許せずにいた。
S本部長のことも、尋常ではないほどに嫌っている。
だからS課長は、M店長や僕に対していつも不機嫌で、注意すべきを注意するというよりは、この店舗から追い出すつもりで怒ってばかりだった。
清掃員(アルバイト)や事務員(アルバイト)もS課長の意向に添って、M店長や僕を嫌い責め立ててくる存在だった。
会社で働くというのは、上司のこういうつまらない問題に振り回され、当たり前のことを当たり前に進められなくなるものだ。
特にこの会社は、そういう要素も多かった。
仕事上の失敗や悪いことをした上で、こちらの否に対する注意や怒りなら、理屈的には納得も出来る。
でも、ここで受けているのは、上司達の都合や気分やこじつけでの怒りである。
常日頃から、イライラしながら粗探しやこじつけの要素を探って見られるというのは、なかなか辛いものがある。
こういう状況に、M店長はこたえていたようだが、僕は割りと平気でいた。
S専務やS本部長の理不尽な怒りになれていて、話し半分に聞き流せていた。
その上、退職を待つばかりという気持ちもあった。
そういう僕の素振りが、S課長には余計に腹立たしく、執拗に長々と『テメエ』呼ばわりで、よく怒られてもいた。
粗探しやこじつけでのお叱りは、場面や人が違っていても似たような雰囲気がって、画学生時代の教員達の怒鳴り散らしと被ることも多かった。
居酒屋で働いていた頃も、他人の失敗を原因として、いつも言いがかりの様なかたちで怒鳴られ、仕事を辞めるように促されたり…そんな経験や記憶が僕にはあるのだ。
そういう場面はかなりの割合で、主観というものが絡んでいる。
先に僕が『言いがかり』と言っているので、そのままの話なのだけど。
主観というのは、見る側の思いたい様に物事を見てしまう状態であって。
この職場の場面も同様で、事実問題から目を背けている場面が多々ある。
こういうのを僕のなかでは、絵の基礎訓練で行っていた『しっかりと、ものをよく見る』ということと繋げて考えてしまうのだった。